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「学校に行かなくてもいいよ」と言うと、学校に行く理由

「学校に行かなくてもいいよ」と言うと、学校に行く理由

以下、保護者さん向けです。

お母さんが「もう学校に行かなくてもいいよ」と言うと、
不思議なことに不登校だった子どもが、学校に行き始める。

こんな話を聞いたことはありませんか。
もちろん、必ずそうなるわけてはありません。

ただ、経験から行きやすくなることは明らかなようです。

それにしても、それはなぜなのでしょう。

今まで感覚的にわかってはいても上手に言葉で説明できなかったのですが、
少しはその言葉が見つかった気がしますので、話してみたいと思います。
そして、これはやはり、不登校の本質に迫るテーマでもあります。

「親ははいつも隣近所や親戚のことばかり気にしている。世間のことを気にしている。
 世間なんてどうでもいいじゃん! 大人はみんな世間教を信じている世間教徒だ」
というようなことを僕は小学生か中学生の時に思っていたという記憶があります。

《 世間 VS わたし》

私事ですみませんが、
つまり、お母さんがどちらを優先するか、子どもたちは見ている、そういったことが想像できます。

優しくていつも味方のはずの自分のお母さんが自分より大切なものがあれば、それはライバルてあり敵です。

「どうして急に学校行かないの? 先週まで楽しそうに行ってたじゃないの? 学校行くのは当たり前でしょ? 世間の人は朝になるとみんな出かけるのよ。(隣の)〇〇さんに気付かれたらどうするの?」

お母さんが自分より世間を優先しているならば、お母さんも味方ではなく敵です。

《 世間 VS わたし》

こういう構図なんだと思います。

世間を社会と言ってもいいと思いますが、まだ社会の一員になれないから子どもたちは学校で勉強します。
つまり、世間のあれこれに対応できないから、世間がうざいと感じます。
世間は敵だと感じてきます。

特に不登校という辛くて仕方ないときに、一番頼れるはずのお母さんが敵の味方になっている、これは何とも絶望的な状況です。

一人では今のこの状況(不登校)は何ともならないです。
味方がいて、力になってくれる人がいないととても解決はできません。
エネルギーの出しようがありません。

お母さんが「学校に行かなくていいよ」と言った時、
お母さんが世間より自分を優先したことを子どもは感じます。
お母さんが味方になったと感じます。

それなら、もう一度がんばってみようかなという気持ちになれます。

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