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卒業生 山本君にインタビュー

卒業生山本君にインタビュー

学園長と山本君

山本(仮名)君は、中学校を卒業した年にゆいまーる学園に入学して、高卒認定試験を合格し、愛知学院大学を卒業後、ある大型店舗に就職し2年が経ち、現在はチーフとして一部門を任されて活躍しています。


佐合  少し、久しぶりですね。

山本君 はい。

佐合  今日は休みを取れたんですね?

山本君 シフトは僕が決めているので。

佐合  え? ああ、そうなんですかあ!
    いいですね。

不登校の理由は一つではなかった!

佐合  今日は中学生から今までを振り返って
    もらいたいんだけど。
    遠慮なくききますよ(笑)

山本君 はい(笑)

佐合  中学校は1年生からから休んでいたん
    ですよね?
    休み始めたのはいつ頃からですか?

山本君 あまりよく覚えていないんですけど、
    中1の夏くらいだったと思います。

佐合  どうしてだった?

山本君 理由は、やはりひとつじゃないんです。
    いくつも重なって。
    1つは勉強の面で、小学校から塾に通っ
    ていたまわりの子はみんなマイナスの
    計算とかを初めから知っててすぐにで
    きたのに、自分はできなかったので、
    自分はできなくなっちゃったんだ、と
    いうふうに誤解して思い込んでしまっ
    たんです。

佐合  そういうこともありますよね。

山本君 それから、担任が新任で、やや学級崩
    壊ぎみで。
    男子も女子もやんちゃな子が多くて、
    授業も崩壊していました。

佐合  運が悪かったよね。

山本君 そうこうしていて、インフルエンザと
    水疱瘡になって、1~2週間欠席して
    から授業に戻ったら、勉強についてい
    けなくなってしまって。

佐合  それからずっと欠席していたんですか?

山本君 いいえ。
    行ったり行かなかったりが続いて。
    (学校へ行かなくなった最終的な)
    大きな要因は、親から、中学3年間で
    30日休むと高校受験が不利になると
    言われていたので、30日休んだ時に
    あきらめがついてしまいました。

佐合  親御さんは「休まないでがんばれ」と
    励ます意味で言ったんだろうけど、
    逆効果になっちゃんだんでしょうね。

    2年生3年生は?

山本君 中2は少しだけ行きましたが、中3は
    まったく行かなかったです。

中学卒業後ひきこもってて・・・

佐合  中学校を卒業してからは?

山本君 少し塾に行きましたが、(同世代の)
    誰とも話さず、実際ひきこもってし
    まっているようでしたね。

佐合  サッカーのゲームをよくやっていた
    んですよね?

山本君 はい。一日中ずっと(笑)

ゆいまーる学園との出会いは?

山本君 それで、母が同世代の人の輪が(人と
    交流)できるところを探して、あっ
    たのがゆいまーる学園でした。

佐合  それから、自宅まで僕が通うように
    なったんだけど、予想はしていたけど
    顔色悪くて(笑)無口で、これは(この
    先)大変そうだなあと感じちゃってい
    ました。

山本君 (笑)

佐合  山本君はその頃どう思っていました
    か?
    体力不足だと言うから、一緒に腕立
    て伏せとかやったんだけど、素直に
    やるから驚いてたんですが(笑)

山本君 (笑)正直なところ、自宅に来られる
    のはやはりあんまり気分がいいもの
    ではなかったですね。

佐合  10回くらい行きましたね。最初は、
    分数か少数をやった記憶があります。

山本君 はい。勉強は全然やってなくて忘れ
    ちゃってて。

佐合  僕が通うんじゃなくて、彼が通える
    ようになるようにしなきゃいけない
    と、内心焦っていましたが、そのわ
    りに早かったですね。

山本君 はい。

通学へのステップ開始!

佐合  お父さんの車に乗って学園へ週に1回
    通うようになりましたね。

山本君 土曜日はほかに誰もいないと聞いてい
    たので行けると思って。
    その頃は同世代とからむのはこわかっ
    たから、まず教室に慣れようと思って
    いました。

佐合  外に踏み出せることになって、僕自身
    すごくうれしかったのを覚えています。
    そのころ、外に出て通うようにしよう
    とは思っていたんですか?

山本君 やはり、親から大卒を目標にするよう
    に言われていたから、通学できるよう
    にならないといけないと思っていまし
    た。
    そのために、自分で細かなステップの
    リストを作っていて、たとえば一人で
    電車に乗らなきゃいけないから、まず
    行きは親の車に乗って来て、帰りは母
    と帰るとかしました。
    その後、母は何でも僕に対して助けよ
    うとし過ぎてしまうので、自分一人で
    できるのか不安で、一度は兄について
    きてもらいました。
    兄は何にもしないから、ただほんとう
    についてくる人として来てもらって、
    一人で通えることを確かめました。

佐合  家族みんなが協力してくれていたん
    ですね。

山本君 僕なりにこうしていきたいという希望
    があって、それをゆいまーる学園が
    応えてくれたのがよかったんだと思いま
    す。だから、自分の思っていたステップ
    で一歩一歩進めることができました。

佐合  僕の方もいろいろ考えていたんだけどね
    (笑)
    自分でしっかり考えていたんですね。

    一人で通えるようになったら、次は平日
    3時からの少人数コースに入りました
    ね。

山本君 はい。3~4人でしたから、少し緊張
    したくらいで、やっているうちに何とも
    なくなりました。

教室に入ってみたら・・・

佐合  それから今度は、全日制のみんなが
    いるところで2時間学習しまし
    たね。    
    その場面で、かなり抵抗がある人が
    多いんだけど・・・

山本君 少人数コースの時間が始まる時に、
    その生徒たちをちらちら見ていた
    ので、それほどどでもなかった
    です。
    あの人たちとならやっていけるかな、
    と感じていました。
    それに最初は、あそこ(生徒たちと
    数メートル離れたところ)で先生と
    個別でしたから。
    そうやっているうちにだんだん慣れ
    ました。

コース変更して、交流が始まった!

佐合  それから僕から思い切ってゆいまーる
    コースへの変更を提案したんだけど、
    あの時は緊張した?

山本君 いいえ。ここ(離れたところ)で
    個別にやっているときに、先生が
    交わらせようというGoサインが
    あったと思って。
    H君とかS君とかとオセロをやっ
    たりしていたから、わりに自然な
    感じでなじめましたね。

離れたところ

佐合  はい。はい。思い出しました。
    ちょうどここでやっていた時ですね。
    いい感じだったからね。
    行っちゃえっ、て。

佐合  特に気をつかっていたのは、
    NさんとS君でしたよね。

山本君 うん。うん。

交流の輪が拡がっていって・・・

佐合  そのあと、すぐにどんどんみんなと
    仲良くなったんだっけ?

山本君 だんだんとですね。

    例えば、帰り道でみんなが前を歩いて
    いて、自分が少し後ろを歩いていたら、
    O君が
     「もう少しゆっくり歩こうぜ」
    と言ってくれて、一緒になったことも
    ありました。

佐合  O君、優しいなあ。
    みんなが山本君のナイーブさを気遣っ
    ていたからだろうね。

山本君 お昼までとか早く終わる時があった
    じゃないですか。そういう時に一緒に
    昼ご飯に行ったりしました。

佐合  なるほど。

佐合  休日などに、一緒に遊びに行くように
    なったのは何がきっかけでしたか。

山本君 いろいろあったけど、一番は、やっ
    ぱりU君が(入学して)来てからです。
    毎日電話してくるんですよ。
    何がおもしろくて毎日長い時間電話
    してくるのかって思っていましたよ
    (笑)

    それから、あちこち遊びに行くように
    なりました。連れて行かれた感じかな。

佐合  荒療治したのは、U君とYちゃんという
    ことですね(笑)
    D君も一緒に荒療治されていましたね。

    いろいろありましたね(笑)

山本君 はい(笑)

friends

腹を割って話せる友達ができた!

山本君 夏になる前には、S君やH君と、なん
    でも腹を割って話すようになっていま
    した。夜遅くまで。

佐合  ふと見てみると、知らないうちに生徒
    の輪の中心に山本君がいる、と感じた
    ことがありましたね。

山本君 そうでしたか?

佐合  うん。確かに。


佐合  ここまでのステップの中で、難しかった
    ところはどの時点でしたか?

山本君 うーん。特になかったかな。
    大学に行く時も自信を持って行けると
    思いましたし。

佐合  うまくステップが歩めたのは、どうして
    だと思いますか?

山本君 やはり、本当に腹を割って話せる友達が
    できたからだと思います。

高認合格 大学合格

佐合  高認のための勉強は大変でしたか?

山本君 普通に授業を受けていたので、順調に
    取れました。

佐合  英語は中学校のところからやりまし
    けど、1年くらい後には大学受験の
    勉強をしていました。

山本君 そうですね。

佐合  山本君は素直だったから。やるように
    言ったことはちゃんとやっていま
    したからね。

山本君 そこそこがんばりましたよ(笑)

佐合  うんうん。がんばりました。愛知学院
    大学に合格していた時は、うれしそう
    でしたね。「受かったし」と呟いて
    いました。

山本君 (笑)

佐合  がんばりました。


フリースクールの良さって何だろう?

佐合  フリースクールの一番の良さは何
    ですか?

山本君 これはぜひ言いたかったんですが、
    入ってきた瞬間に仲間になれる。
    それぞれみんなどんな理由であれ、
    学校に行けなくなったという共通点で
    つながった人たちだから、同じ痛みを
    持っている。
    だから、どんな理由にしろ、気もつか
    えるし、話ができた。

いつもこのことばを心に生きていた!

佐合  卒業式では「案ずるより産むが易し」
    と言っていましたが・・・

山本君 その頃は、その言葉で生きていました。
    ひきこもっていた時は本当にネガティブ
    になっていて、そのころにはそれにもう
    飽きていたんでしょうね。
    ネガティブに考えていたらきりがない、
    飛び込んでみたらなんとかなる、という
    思いでした。



佐合  ここを卒業してから、フリースクールで
    高認とって大学に行ったことで何か嫌な
    思いをしたことはありませんでしたか?

山本君 ないです。誇り高きゆいまーる生だと
    思っています。

佐合  うん。 それでいいと思います。

大学、就職、出会い

山本君 就職活動でもすぐ内定決まりました。
    ただ、中学・高校へ行かなかったから、
    より濃い大学生活にしようと思ってい
    ました。自分を高めようと。
    だから、アルバイトとか、サークル
    とか、就職活動でも話せることはたく
    さんありました。

佐合  大学でも楽しそうでしたね。積極的で
    充実していて。

山本君 大学では、「一期一会」を心に持って
    生きていました。
    サークルもアルバイトも、それぞれ
    会った人にはそれぞれの意味があった
    と思っています。その場限りの出会い
    だったとしても何か意味があったと。
    コンプレックスを変換して、ステップ
    アップにつなげたのは、身近に助けて
    くれる人がいるかどうかだと思います。

    ゆいまーるを卒業してからも、僕は
    たまたまいいタイミングでいい人に
    恵まれていると思います。

    例えば、僕はなかなかてきとうにする
    ということができない性格だったんです
    けど、身近にいろんなことをてきとうに
    こなす人がいて、そういうところも
    見習わないといけないと思ってやって
    みたら、ある悩みを減らすことができ
    て、その場を乗り切れました。

佐合  そういう性格でしたね。山本君の良い
    ところであり、欠点にもなりました。
    でも、その後もステップアップが続い
    ているんですね。

山本君 自分が必要とするものをキャッチする
    力。
    それが大事なんだと思います。
    やはり、ほんとに、出会いだと思い
    ます。

佐合  そうですかあ。聞いていると、今も順調
    で充実していますね。

山本君 それもこれも、最初はここ。
    ゆいまーる学園に出会ったおかげだと
    思っています。

佐合  きれいにまとまったところで、この辺で
    おわりたいと思います(笑)

佐合  やはり、出会いなんですね。 

    次は将来のパートナーとの出会い
    ですね(笑)

山本君 はい。がんばります(笑)
学園長と山本君2

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